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シングルモルトは「島」を語る★ジープ島時間①

 2012-04-01

角1   角2   角3

「旅を書く」とは不思議なものだ。

旅の渦中で感じた事、心を揺り動かされた事のライブは、刹那刹那で完結している。
その風の触感、気温の皮膚感、太陽の位置、雲の流れ、
匂い、音、生き物達の囁き、目に写る風景や色、
そして味覚までもが瞬時にして移ろい、二度と同じ状況は訪れない。


だからこそ、旅人として心を開放し、彷徨するという事は、
それだけでいとおしい程貴重な時間を送れる。
なぜなら、見知らぬ時空の中に身を置き、様々な事を味わい、考え、想う事ができるからだ。


そして「日常」に舞い戻り、旅の刹那を少しの間振り返る時、
まるで樽の中で熟成された原酒のように、しだいしだいに発酵されていくのが感じ取れる。 

それを何か記録として残しておきたい。自分の為でもあり、誰かに伝えたいという両面から・・・。
それが「旅を書く」という事の本質なのではないだろうか。

人は誰でもその樽を持っているものだ。
普段は密閉されているが、ひとたび蓋を開け、言葉というヒシャクですくった時に、
程良く熟成されているのが分かる。


ただ余り時間が経ち過ぎ密閉したままだと、角が取れ過ぎ、
ただの思い出となり、「忘却の彼方」のまろやかさになり過ぎる。
かといってすぐに蓋をあけると、若々しすぎて、
いささかトゲトゲとした概念や触感が言葉になって出てきやすい。
(それも悪くはないのだが・・・)  


これまで様々な旅をし、その原酒は、しっかり樽の中で寝かせてはいる。
いくばくかの言葉の断片や写真と供に。
だから「旅を書く」とは、オリジナルの酒造行程に近い。

今後、このブログを通して、その樽の中から言葉や写真いう「ヒシャク」で、
少しずつ旅の原酒をすくっていこうと思う。
そうする事で、ほんのわずかだけども、
程良く発酵されたエキスを少しだけ口に含む事ができるかもしれない。


◇ ◇ ◇

さて、いよいよ「★ジープ島時間シリーズ」のスタートだ。

旅ライブの珠玉の刹那が終わってしまえば、
『過ぎ去った旅に古いも新しいもない』が、僕の持論。
かつて行った旅もいいし、つい先日行った直近の旅もいい。


この島が開島し、プロデュースを始めて15年が経つ。
更に、この島のあるトラック諸島に通うようになって、トータルで27年。
ほぼ人生の半分をこの海域と関わってきた事になる。
それだけに、多くの言葉と写真の断片が、エキスとして樽の中に眠っている。
また、今後も少しずつ増えていくだろう。だから、たまに取り出してみる事も必要だ。


今後は、ジープ島に関しては、3つの軸で展開していこうと思う。
①6年物までぐらいの、比較的新しいエキスのシリーズ(★ジープ島時間)
②それより古い7年~15年物ぐらいの充分寝かした、プレミアムのようなシリーズ(★ジープ島物語)
③帰ってきたばかりの、「今」の情報をも携えた直近のシリーズ(★ジープ島から戻って)


今回は、6年前位の訪島時に書いた、記録の断片をすくい取ってみた。

──────────────────────────────────────────────────────
カリラだった。まぎれもなく、この島ではカリラだった・・・。

1 

フクイクたる麦の香りの奥に、不思議な郷愁を感じさせる強いピート臭。
常に潮風にさらされる中で蒸留されるアイラ地方のシングルモルトにしかない、
この豊潤な潮の香りのするケムリ臭さ。

まさかここまで・・・、ここまでこの島にピッタリ合うとは・・・。 

2 

実は今回、何本かのシングルモルトを持参したり、友人に頼んで持ってきてもらったのだ。
東京の夜、そして旅に出た時は、このモルトの銘柄を変えてキュッとやる事が多い。
これもいいけど、んー、これもいけるよね。これまではそんな程度の感覚だった。


その延長で何の気なしに、ジープで「利き酒」のように飲み比べてみようと思いついた。
まずはアイラ地方代表で、カリラ12年。
(アイラの中では、ラガブーリン、アードベック、ラフロイグ、ボラモアと何本も飲み比べた末、
私的には一番好きなアイラモルト。澄みきっていて、しかも高貴で奥深い)


そしてモルトの基本:ハイランド地方から、マイフェバリットのクライヌリッシュを筆頭に、
クラガンモア、グレンファークラス、ハイランドパークと。スペイサイドからは、もちろんマッカラン。


それ以外にも、ジンやラムなどのスピリッツ系もジープに合うので数本。
パーティ用にワインとシャンパン。
他のゲストの人達が持ってきたものを加えると、実に24本がテーブルの上に並んだ。
さながら、これはもう立派なBARだ。

3

なんたってここにはマスターなんてものはいず、好き勝手に飲める。
しかも終電を気にせずエンドレスで。

更に、シングルだぁ、ダブルだぁとチマチマやるのではなく、ド~ンとボトルごとだ。
潮風に吹かれながら、周りは360度の美しい海。
そして形のいい椰子の木。軽やかに短パンとTシャツで、足元はゴムぞうり・・・。
波の音をBGMに、気が向いたらCDで好きな曲をそこにかぶせてみる。
刻々と暮れなずむ夕暮。夜はキャンドルを囲んで、満天の星と天の川。
満月の頃は、海に美しく照り帰る「月の道」を眺めるのもいい。
目を閉じると、今日潜ったダイナミックな海のシーンしか浮かんでこない。。


これ以上のBARが、地球上に果たしてあるのだろうかと思う・・・。

4 

そして数日たって、いろいろ飲んだ末の「カリラ」だったのだ。

いつもはドングリの背比べが、まるで咲き誇る花の競演のように、味と主張が明確だった。
全てが美しく満ち足りた「地球」の中で、コンディションもイマジネーションもハイな状態で飲む時、
その味覚がナイフの切っ先のように研ぎ澄まされていくのだろう。
東京に戻ってきて、すでに3ヵ月が経とうとしているのだが、
この島で飲んだ味の100分の1にも満たない・・・。


そして、いつもは旨いと思って飲んでいる他のシングルモルトが裸足で逃げ出す程、
ここではカリラだったのだ。
このかぐわしいピート臭の潮の香りと透明さが、まるで
この島の海で生まれたかのように、すーっと全身に溶け込んでいく・・・。

5 

酒は、その土地のものを飲むのが一番だ。
でもこの土地には、もちろんキチンとした地酒など存在しない。
海しかない、海洋大自然のシンボルのような地。だから他の土地の酒でもOKだ。


ただ、カリラの生まれたアイラとジープでは、余りにもシチュエイションが違いすぎる。。
最北の島と赤道直下の島・・・。でも接点はある。
小さな島、常に潮風に晒されている事、時代の波から隔絶されたシンプルな生活感。
そして、ある意味での脱・高度経済&情報社会・・・。

本 

先日、藤原新也の「ディングルの入江」を読んだ。
インド放浪に始まって、東京漂流、アメリカ、そして最近のエッセイ集と、
氏の本はほとんど読んでいるのだけど、これだけがまだだった。
そしてこの本を手にする不思議な因果関係があった。
舞台はアイルランド。ここしばらく妙にアイルランドづいているのだ。


ちょっと前に読んだ森本哲郎の旅のエッセイの中で、
この入江が世界一美しい夕暮だという記述の発見。
そして、ダブリンからこのディングルへ自転車で旅をした女性音楽家の紀行文を読んだこと。
更にちょっと強引だけど、今見てみたい筆頭にあるウバザメは、まさにこの海域にいる・・・。


そしてこの小説で氏は、「島」について何かを語りたかったという。
この入江からほど近い所にある無人島が、この小説のテーマなのだ。
島・・・。確かにそれは、
何か人間の根源にかかわる深いテーマが隠されている気がする。
(とても面白いので興味があったら是非読んでみて下さい)


ここで語られている深遠なるテーマと、私の中でのジープ島というテーマが、
細いけど確かな一本の線で結ばれていくような気もしてくる。
しかもアイラ島はまさにこのアイルランドにほど近い位置にある小さな島・・・。
小説のテーマになった島のイメージに近い。
アイラとジープ。最北のヨーロッパの島と南太平洋の島。
それが自分の中で、「確かな線の形」となるのはもう少し先の事だと思うが・・・。

6 

ただ、この北の地方で頑固一徹に職人が誠心誠意を込めて造り上げた琥珀色の天使の液体が、
この南の島と見事に調和した事は、少なくとも私の中では確かな事だ。


遙かスコットランドのアイラ島とジープ島が、
1本の細い線で結ばれた気がした。

7 

旅とは点と点を線で結んでいく事。
それが、「不確かな今」を生きる人間にとって、自らの勘と行動力だけを頼りにしながら、
ささやかながらも、自分の確かな哲学と行動規範を作っていく源なのだから。


しかも振り幅が大きいほど、それぞれの土地の意味性と魅力が増幅される。
それは、「陸の風景に飽きて、ダイブで海を潜った直後に感じる、
今まで見えなかった陸上の魅力の再発見」と似た感覚だ。


アイラの暗い海、荒れすさんだ天候、厳しく移ろい行く季節、重厚で硬い石の文化、
勤勉で寡黙な人々・・・。
ジープにのめり込む程、その真逆の世界にも惹かれていくのは、
実はそういう事なのかもしれない。

8 

1日の中には2回、魔法がかかったような時間がある。
1つは夕暮、そして早朝だ。夕焼の朱と朝焼の朱の移ろい。
原理は同じな訳だけど、一方は夜を迎え一方は朝を迎える。
一方が満ち足りたまどろみの象徴であるのと反対に、
一方はアンニュイでいながら、どこか研ぎ澄まされている。
この午前4時半ぐらいのシュールな時間が、とりわけ好きだ。


そしてころがっているスコールで濡れた空の酒ビンが、この島ほど絵になる所はないだろう。
それは「漂流と空白と祝祭」の象徴のように見える。
そして、「人生の漂白としてのオブジェ」そのものなのだ。

9 

とあるライターが、
『良いBARには、「硬質に結晶化した美しいほの暗がりの微粒子」が漂っている気がしてならない』
と書いていたが、・・・なるほど、アイラ的だ。


それでは私流でジープ的に、
『ここでは、「青く結晶化した軽やかなイメージの素粒子」が漂っている』
としてみよう。
──────────────────────────────────────────────────────


この文を書いたときから6年が経過した。
ふと、「航海日誌」という言葉が思い浮かんだ。この響きはいい。
人生そのものを長い航海だと例えるなら、
そこで記録された日誌をめくってみるのも、とても有意義で楽しい事。


そして改めて藤原新也の語る、

「島という海を挟んで隔絶された土地にしかない根源的な命題」を想う。

そして、「アイラとジープの点と点を結ぶ線」とは何か? 
6年経とうが、それはまだハッキリとした形にはなっていない。
これはやはり、実際にその土地に行かなければ見えてこないものだろう。
やはり旅だ。旅しかない。もう一方の地に行ってこそ、感じるものだろうから。

イギリスのロンドンからスタートして、スコットランドまで北上し、
アイラに立ち寄り、更にその先のアイルランドまで足を伸ばせられれば最高だ。
この土地で生まれた天使の液体を口に含み、今度は逆にジープの事を想いながら・・・。

この旅は、来年か再来年にでも、是非実現させたい。

ちなみに、現在よく飲むモルトは、ハイランドの「アードモア」。
46度のガツンとくるインパクトと、独自の潮臭さと。そして深遠でミステリアスな奥行き。
少なくとも、東京の自宅で飲む酒では、今はマイフェバリットだ。


でも前述どおり、ここに居てはよく分からないけど。(笑)
今度ジープに持っていって、カリラと勝負させてみよう。☆[゜ー^]

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