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山小屋はいつでもヘッセと供に◆信州:霧が峰・2007年09月

 2014-09-30
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今年の夏旅は、けっきょく高原らしい所は、北海道の然別湖ぐらいとなった。
ここに行けただけでも充分とも言えるけど、ホテルだけだったので、
やはり高原の原点でもある「山小屋」に、ちょこっとでも泊まっておきたかった。。

でも、この『旅ブログ」がある!

その「気分」、その「匂い」、その「イマジネーション」だけでも触れられる。
一年なんていうのは、あっという間だ。と同時に、短い夏も。。
だからこそ複数年を、ブログを通して一つのテーブル上に置けると、
充実した「夏の流れ」を振り返られる。


今回は7年前に書いた過去ログを通して、
「夏と高原と山小屋」をインスパイアしてみたい。

2007年09月━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

9月ももうラスト。秋の気配がこの東京にも少しずつしのび寄ってくる。
でも、晴れた日の太陽の光は、まだまだ力強い。
こんな時期にふっと感じるのは、過ぎ去った「夏の余韻」。

「夏」とは開放された意識のスタイル。
そして、喜びに溢れた季節の象徴。
一年中感じていたい♪
しかも、赤道直下の「南の島」をプロデュースしている身。
いつでも「夏」にシフトチェンジできる^^

そんな中、Hさんの日記にこんな素敵なフレーズがあった。
自分の中では不思議なタイムリーさがあったので、一部抜粋させてもらおう。

ヘッセってRockの人には人気だと思う。
steppen wolfだってヘッセの「荒野の狼」から取ったはず。
カルマンマキ&OZの「火の鳥」には、『傍に置いたのはヘッセの詩集』という歌詞がある。
ヘッセの詩集じゃなきゃだめなんだよね、あのくだりは。。

ん~、ヘッセとRockを結びつけるとは・・・。
とっても鋭い感性だと思う。

実は僕の一番好きな作家、一番影響を受けた作家、一番復活できた作家が、
このヘッセなのだ。

思えば、以前足を運んだ藤原新也の写真展で、「ハッ!」と想った写真があった。
中学生ぐらいの少年が、橋の手すりに寄りかかって本を読んでいるモノトーンなシーン。
タイトルは、『一心にヘルマン・ヘッセを読んでいた、あのころ』とあった。
この写真と言葉、、
氏の斜めに視点を構え、本質を鋭くエグリ取るような他の作品とは違い、
とてもナチュラルにストレートだったので、その日の展示ではひときわ印象に残ったのだった。

「ヘッセと少年」・・・。もうその組み合わせだけで、痛いほど心に突き刺さってくる。
まるで自分の少年時代が重ね合わさったように・・・。
一番好きだったのは「デミアン」だったな。。

そしてHさんの日記には、一編の有名な詩が引用されていた。

階段   ヘルマン・ヘッセ

花がみなしぼむように、 青春が老いに屈するように、
一生の各階段も知恵も徳もみな、
その時々に花を開くのであって、永続は許されない。

生の呼び声を聞くごとに、心は勇敢に、悲しまずに、
新しい別な束縛に入るように、
別れと再開の覚悟をしなければならない。

およそ事の初めには、不思議な力が宿っている。
それが我々を守り、生きるよすがとなる。

我々は空間を次々と朗らかに闊歩せねばならない。
どの場所にも、故郷に対するような執着をもってはならない。
宇宙の精神は我々を捕らえようとも狭めようともせず、
我々を一段一段高め、広めようとする。

ある生活圏に根をおろし、
居心地よく住み着いてしまうと、弾力を失いやすい。
発足と旅の覚悟のできているものだけが、
習慣の麻痺作用から脱却するだろう。

臨終のときも、なお我々を新たな空間へ向け、
若々しく送ることがあるかもしれない。
我々に呼びかける生の呼び声は、
決して終わることはないだろう。

では、よし、心よ、別れを告げ、すこやかになれ!

これは僕の、「旅と人生」に対する気持ちをも代弁してくれているという気がする・・・。

そして更にイメージは膨らんでいく。
目に浮かぶのは山小屋だ。それも夏の山小屋・・・。
少年の頃からずっと通い続けた、信州の霧ヶ峰。ほんと、ほぼ毎年、夏に訪れている。

今回は、最近8月に訪れた時の写真と供に、
そんなイマジネーションを綴ってみようと思う。

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「クヌルプ」がシンボルだった

木と歴史のぬくもりの中で時を過ごす。
長い風雪を耐えてきた重み。
沢山の旅人が訪れ去っていった静かな気配。
積み上げられた薪、壁に立てかけられた車輪、ランプ、古い写真、優しい犬etc・・・。

外に張り出された簡素なテラスが、
今宵かすかな霧に包まれた至福のBARとなった。

山小屋(ヒュッテ)が密かなブームを持った時代があった。
ペンションというものが流行するよりも、かなり前。
この霧が峰のヒュッテ・クヌルプが、当時その憧憬の的だった。

ヘッセの小説の題名から取ったというこの名称。
少年時代、最も影響を受け、好んで読んでいたこの作家のイメージ。
それがいつまでも僕の中で、山小屋への郷愁と供にある・・・。


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我が心の花咲く高地

花の道は「喜びの丘」と化し、空に続いていく。
まるでツェッペリンの「天国への階段」だ。
この時期の主役はマツムシソウ。所々にキスゲが残り、シモツケソウが顔を出す。
ヒョウモン蝶やキアゲハが優しく飛び交い、小鳥のさえずりが夏を彩る。

ただ昔のこの時期、残念ながら、
もっともっと多くの種類が咲き飛んではいたが・・・。

少年時代、最初にここを訪れた時の事を、未だに鮮明に覚えている。
都会ではうだるような夏の日、ここだけは凛とした光と風に包まれ、
自然の気高さすら感じた。それは「下界」
(ここにいると少年心にも、ホントに都会をそう感じたのだった)
には帰りたくないと思うほどの、強烈なインパクトだった。

あれから40年以上。
その時行った「秘密のトレッキングコース」は、未だに健在だった。
車山から八島湿原へと向かう、誰も知らない、誰も行かない4時間程の行程・・・。
変わること・変えることは、ある部分一番大事なことだけど、
一方で、変わらずに昔のままずっとそこにあること、、
この現代では、それもとても重要で貴重なことのように思える。

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荘厳なる朝の大気

早朝3時半起床。顔を洗い頭の芯をすっきりとさせ、
ゆっくりと山小屋を出て、湿原に向かう。

夏の高原の午前4時。それはとても神聖な時間帯だ。
うっすらと霧が出てくる。
尾瀬のように綿帽子をすっぽり被せた様な濃厚なものではなく、
ちょっと控えめだが、今年も念願のこれを見れて、まずはほっとする。

一瞬のうちに喜びの花を咲かせ、そして駆け足で通り過ぎる高原の夏。
この8月上旬、そのシンボルのような霧ケ峰の地に立っていた。

40年にも渡って訪れ続けた、僕にとっては特別な場所。
様々な思い出や経験が、記憶の断層のように積もっている。

それを少しずつ削り取って、言葉にしていくのも乙なものかもしれない。

そして最後に、、

孤独、傷心、叫び、閉塞、反抗、自由、脱出、既成概念へのアンチテーゼ、隠とん・・・。
山小屋も、やはりRockなのだった。。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

Rockの概念とは、自分にとって、とても重要なことのように思う。
多感な少年時代から学生時代に至る間に、最も影響を受けたムーブメント。
それは一つの音楽ジャンルという枠を飛び越えて、生き方=思想にも繋がっていくもの。

そんなイマジネーションの萌芽のようなものが、
このブログを通して現れてくれれば、と☆[゜ー^]

-PS- 実は面白いことに、前述のホテル・オーパで、
同世代の一人の音楽業界の人とたまたまプールサイドで知り合ったのだった。
「熱く」語り合ったなぁ、それもテーマはRockで。
サンサンと降り注ぐ太陽の下で、文字通り「暑く」でもあったけど(笑)

・・・これにも何か「流れ」を感じる。。



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